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| ゲイムマンのコラム |
「ゲーム脳」徹底検証
見くびられるテレビゲーム業界
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87パーセントが“反論すべき”
2002年11月、「あなたの一票」のコーナーで、こんなアンケートをとってみた。
「ゲーム業界は『ゲーム脳の恐怖』にどう対処すべきか?」
投票総数121票。結果はこうなった。
反論すべき 105(87%)
無視すべき 16(13%)
『ゲーム脳の恐怖』に対して、ゲーム業界は、今のところ沈黙し続けている。
メーカーだけでなく、ゲーム雑誌もおおむねその方向で、『ゲーム批評』が11月号でまとまったページを割いたほかは、『週刊ファミ通』が連載記事(「浜村通信」)で3週にわたって1ページずつ取り上げたのと、あと『ザ・プレイステーション』がアンケートをとっていた程度。
私も最初は、「無視したほうがいいかもしれない」と思っていた。
孫子の兵法でも「勢い」というものを重視しており、「正々の旗をむかうることなく、堂々の陣を撃つことなし」とある。勢いに乗っている敵にまともにぶつかるよりも、静観したほうが得策、というのは一理あるだろう。
しかし、無視することによるデメリットは、ことのほか多い。
1.反論が十分に行われないと、人々が「ゲーム脳」を信じ込んだままになってしまう危険性がある。
例えばあなたは、「フリーメーソン」について、どんなイメージをお持ちだろうか?
日本人には、フリーメーソン(フリーメーソンリー)のことを、「世界を陰で操っている怪しい秘密結社」と思っている人が多い。
しかしこのイメージは、1985年に相次いで出版され、ブームとなった、一連の「ユダヤ/フリーメーソン陰謀論」本が植えつけた偏見なのだ。
山本弘氏へのインタビューの中にも出てきたが、この時期の「ユダヤ陰謀論」は、田中角栄氏の失脚から、マンガ雑誌の隆盛まで、何でもかんでもユダヤのせいだと決めつけた、いい加減なしろものであり、『ゲーム脳の恐怖』によく似ている。
フリーメーソンリーは、表立って反論せず、無視する方策を選んだがために、今もって「非合法的な怪しい秘密結社」というレッテルをぬぐえずにいる。
もちろん、フリーメーソンリーに対してそんなイメージが大勢を占めるのは、いわゆる先進国の中では日本だけである。
(もっともこれには、欧米と違ってキリスト教徒が少ないということが、影響しているのかもしれないが)
フリーメーソンリーのホームページ
2003年7月16日現在、いまだ鎮火せず
ゲーム業界の人々は、「あんなもの信じ込む人がいるわけない」程度の感覚でとらえているかもしれない。
しかし、以前の山本弘氏へのインタビュー記事に寄せられた感想を見ていると、「有名大学卒の親戚がこの本を絶賛している」「職場の上司が頭から信じている」などといったものが数多くみられる。
だいたい、ユダヤ陰謀論の『ユダヤが解ると世界が見えてくる』だって、ベストセラーになったくらいだし、人間には案外リテラシー能力がない。
『ゲーム脳の恐怖』にしても、斜め読みすれば一見まともな本に見える。また、本そのものを読まずに、マスメディアで「ゲーム脳」が取り上げられたのを見て、信じ込んでる人も相当数いるだろう。
ゲーム業界が反論しないと、それらの人々がテレビゲームに対して、偏見を持ったまま、何十年も過ぎていってしまう。
無視して通り過ぎるのを待つというのは、今までゲーム界がさんざんやってきた方法である。今まではそれで乗り切ってきたかもしれないが、今回は違う。
実際11月20日には、講談社のニュースサイトが、またこの話題を取り上げていた。
考えてみてほしい。
講談社はCESA(コンピュータエンターテインメント協会)の賛助会員なのだ。
最低限CESA内部だけでも、『ゲーム脳の恐怖』のいいかげんさを示す情報を回覧しておくべきだったのではないだろうか。講談社がいい物笑いの種になるのを、未然に防げたかもしれない。
無視したほうが鎮火が早い、という理屈は、少なくとも『ゲーム脳の恐怖』については当てはまらない。発売から2か月ほど経って『週刊文春』で取り上げられ、さらに2か月経ってフジテレビ『FNNスーパーニュース』にテレビ朝日の『スーパーJチャンネル』、そして、発売から半年近くが経った12月13日になってもなお、TBS『ニュースの森』で特集が組まれてしまったことが、はっきりと証明している。
火が消えるのをただ待っていても、いつ消えるかは予測がつかない。
そして、消えるまでに被害がどれだけ大きくなるかも。
無視するだけという対応は、相手をますますつけあがらせるだけだ。
消火活動を行うほうが、より早く火は消えると思うのだが。
「『All About Japan』で山本弘氏が発言してくれたから、もうだいじょうぶだ」という意見もときどき目にする。
しかし、この記事だけで世間の認識が変わるとは思えない。もし『All About Japan』が、一発で世論を動かすほどの影響力を持っていたならば、私はもう少し有名人になっているはずだ。
第一、『ニュースの森』の特集が放送されたのは、山本氏へのインタビューが掲載されてから、1か月近く経った頃である。
当事者であり、もっと大きな発言力を持っている人々が発言しなければ、状況は変わらない。
(※2003年7月16日加筆)
年が明けて2003年になっても、火種はまだくすぶり続けていた。
1月に『女性自身』が森氏の説を紹介。
そして3月には、教育者(学校の先生など)向けの雑誌『悠(HARUKA)』に、森氏のインタビュー記事が載っていた。
インタビュアーは、最近ワイドショーなどでもおなじみの教育評論家・尾木直樹氏。
尾木氏自身はよく名を知られた教育評論家であり、またたいへん理にかなった主張を行う人物である。もちろん教育界の信頼も厚い。
このインタビュー記事を読んだ学校の先生がたは、どんな印象を持つだろう?
そして長崎の殺人事件で、またぞろ「ゲーム脳」説が息を吹き返している。
もっとも、その前から森氏の活動は再び積極的になっていたようだ。
毎日新聞では6月23日、以下の記事で森氏のコメントが掲載されている。
毎日新聞2003年6月23日「ネットゲームに6割が依存 引き込もり中高生 民間研究所調査」
参考までにこちらの記事も。ここでは「説得力皆無」と書かれているのだが……。
毎日新聞2003年5月16日ゲームクエスト「ゲーマーの目:「ゲーム脳の恐怖」の続編に期待」
また朝日新聞でも、「ファミコン20周年」というおめでたい記事の中で、なぜか森氏のコメントが掲載されている。
朝日新聞2003年7月15日「ファミコン誕生20年 遊び一変、1億1千万台販売」
朝日新聞ではゲーム関連の記事となると、今までは浜村弘一氏(エンターブレイン社長/『週刊ファミ通』前編集長)にコメントを求めることが多かった。しかし今回は、紙面のスペースもかなり大きくとられた記事だったのに、浜村氏の出番はなし。
ゲーム雑誌の影響力低下も心配になってくる。
「コドモたちはどこにいる?」ノーテレビデー 消して気づいた子の姿(2003年7月24日、朝日新聞、asahi.comに転載なし)
上の記事も、書いてあることはまともなのだが、森氏のコメントひとつで記事全体がうさん臭くなってしまっている。
ただし、そう思っていない人も、世の中にはおおぜいいるようだ。
NHK出版の新聞広告
材料の少なさをさんざんツッコまれた森氏が、またいろいろとあの脳波計で計って「材料」をこしらえて、続編を作るくらいは、やりかねない。早速「メール脳」なる説を、あちこちで披露しているようだし。この人の行動力には、いろんな意味で恐れ入る。
万が一、森氏にその気がなくても、NHK出版が、あれだけの金づるを果たして放っておくだろうか?
実際、昨年12月の段階でもNHK出版の新聞広告では、『ゲーム脳の恐怖』という文字が、ほかの本のタイトルに比べて、かなり大きな文字で書かれている。
この本を出したことを、同社がどう思っているかの表れである。

さらに、森氏やNHK出版がやらなくても、NHK出版以外の出版社が、新たなゲームバッシングを始める可能性は高い。
あのいいかげんな言説に、あれだけのマスメディアが飛びついたのだ。「ゲームを叩けば人気が出る」と、ほかの出版社が思うのも無理はないだろう。
そうした流れの中で、↓
2.もし今後、理にかなったゲーム批判が起こった場合、ゲーム業界が、批判された点を改善しようとせず、同じように無視を決め込んでしまう危険性があるのではないだろうか?
この程度のゲーム批判がマスコミ受けするのは、それだけゲームを嫌う人々が多い証拠であり、せめてその現状まで無視してしまわずに、改善する努力だけでも、してもらいたいものだと感じる。
(※2003年7月16日加筆)
実際、某人気作家が新聞紙上で、暴力的なゲームを非難していた。
「ゲーム脳」と違い、確かにこの作家さんが不安を感じるのもわかる気がするし、世の多くの人々も、同じ不安を抱えていることと思う。
ただし作家さんの主張は、「暴力的な表現のゲームには、年齢制限を設けて販売するべき」というもの。これならば業界団体かメーカーの人が出てきて、「年齢制限は既に設けておりますが、今後とも小売店やユーザーへの周知を徹底してまいります」程度の回答を行えば済む話である。
しかし今のところ、業界はだんまりを決め込んでいる。不誠実極まりない。
ゲームが売れないのも同じ理由
3.そして何よりも、一般のゲームファンたちの怒りを、ゲーム業界が代弁してくれないというのは辛い。
山本氏へのインタビュー記事に対する感想を見ていると、今まで公の場で、『ゲーム脳の恐怖』に対する批判が、ほとんどなされてこなかったことがうかがえる。
「山本先生、よくぞやってくれました!」
「私もこの記事には納得です!」
「単純明快でわかりやすい。さすがは山本先生」
「もやっとしていたものがすっきりしました」
「すばらしい記事に感謝!」
「山本氏に取り上げてもらえるなんて、この本を書いた森氏は幸せ者でしょう」
「あまりのマスコミの頭の悪さに怒り心頭に発していた」
「明らかに怪しいとは思っていたのですが、反論できなくてくやしかった」
「誰かにこれを科学的にきちんと証明して欲しいと思います」(日大文理学部の学生から)
等々。
いろいろなサイトでの反応を見ても、かなり多くのゲームファンが、怒りをぶつける場がなくて苦しんでいるようだ。
これでは、メーカーやゲーム雑誌が、自ら「顧客離れ」を起こしているようなものである。
特に、自らもメディアであるはずのゲーム雑誌(除『ゲーム批評』『週刊ファミ通』)までもが、この件を取り上げないというのは、いかがなものだろうか。
「テレビゲームによるてんかん」が問題になったときですら、もっと多くのゲーム雑誌が取り上げたというのに。
メーカーもゲーム雑誌も、ゲームファンのニーズがよくわかっていない。
そりゃあ、不景気にもなるだろう。ファンのニーズがわからなければ、ゲーム離れが起こるのも道理である。
ゲームメーカーには、日本を代表する大手企業が多いので、その気になれば、ニュース番組で特集組んで、『ゲーム脳の恐怖』の誤りを指摘するくらい、不可能ではないはずだ。
(実際、ゲームメーカーがスポンサーになっているニュース番組はいくつかあるし)
そういう類の対策でなくてもいいが、何ひとつ対策を取ろうともせず、一方で素知らぬ顔をしてゲームを売り続けるというのは、親ゲーム派から見ても、褒められた状況ではないと思う。
それこそ製造者なのだから、「説明責任」がある。
ましてや、牛肉偽装問題や食中毒などと違って、今回の場合、メーカー側に非はない。簡単に説明責任を果たせるはずではないか!
説明するためのメディアがないというのなら、各社のサイトで見解を示すだけでもいい。
とにかく業界が一丸となって「主張」する態度を示さなくてはならない。さもなくば敵になめられてしまう。
何も言わないゲーム業界は見くびられている。
マスメディアを悪者扱いするな!
現在では、ゲーム業界も、またゲームファンも、「『ゲーム脳の恐怖』を大きく取り上げたマスメディアが悪い」という方向で、意見がまとまりつつあるようだ。
『週刊ファミ通』の中で、浜村弘一氏(同誌前編集長・エンターブレイン社長)が、「ゲーム脳という言葉は、勝手にひとり歩きを始めた」と書いたことが影響しているものと思われる。
これについては、浜村氏が森氏に言いくるめられてしまった感がなきにしもあらず。そもそも「ゲーム脳」という言葉を考えて、本のタイトルにしたのは森氏自身であり、最初からひとり歩きするように仕組まれていた行為である。
また、12月13日に放送されたTBS『ニュースの森』で、森氏の「ゲーム脳」「メール脳」を取り上げていたが、この特集企画の中で、森氏は最初から最後まで出ずっぱりだった。
決して、「マスメディアが森氏の意図に反して勝手に『ゲーム脳』の恐怖をあおっている」わけではない。
マスメディアを悪者に仕立てて、それで終わってしまうのは間違いだ。
マスメディアを悪者に仕立てたところで、対策の立てようがなく、何ら問題が解決しないからだ。
マスメディア側(特にテレビ業界)から見れば、ゲームメーカーは有力なスポンサーである。だからゲーム業界の味方になるほうが、マスメディアにとっては利益になるのだ。
(例えば前述の『ニュースの森』では、「ゲーム脳」を取り上げてから30分と経たないうちに、『太鼓の達人』のCMが流れていた)
そのマスメディアが、ゲームメーカーとの関係を悪くすることを承知の上で、森氏と結びついたのはなぜか?
国会議員の収賄問題や、大手企業の牛肉偽装問題。そういう事件を追及するのと同じ使命感が、マスメディア側にあったのではないだろうか?
テレビゲームの存在自体が不祥事と、認識されてしまったのだ。
そして、ゲーム業界が反論しない限り、この認識が変わることはない。
そもそも、思うに、
これまであったゲーム批判に対して、ゲーム業界が反論せず、無視し続けてきたことが、ゲームを嫌う人々を、増やしてきたのではないだろうか?
今回のような稚拙なバッシングは、むしろ偏見を拭い去る、またとないチャンスのはずなのだが。
森氏と『ゲーム脳の恐怖』自体に対してではなく、それを取り上げたマスメディアのみを非難するというのは、主犯を野放しにして実行犯を処罰せよと主張するようなものであり、はなはだナンセンスと言わざるをえない。
(※2003年7月16日加筆)
参考までに、『CESAネットユーザー調査報告書・第五集』から。
「少年犯罪が多発したときなど、「ゲームの悪影響」がよく報道されますが、そのことについてどう思われますか」という質問に対し、
「ゲームの影響は大きいと思う」と答えた人が、45.1%にのぼった。
(2002年11月9日〜20日、インターネットでの自記式アンケートによる。N=4,546人)
なお、ゲームユーザーが多数来場する東京ゲームショウ2002会場内における同じ調査では、
「ゲームの影響は大きいと思う」は16.4%だった。
この大幅な意識の違いが、ゲームファンや業界人の、危機感の薄さにつながっていると考えられる。
ジャーナリストが退けられる業界
もしこれが1、2年前だったら、『週刊ファミ通』にはこの手の話題を取り上げることのできる、連載記事がいくつかあった。だが残念ながら、相次いで連載が終了してしまった(そのかわり、浜村氏のコーナーが、そうした話題を引き受ける形になったといえる)。
また『電撃王』も、創刊当時はゲーム業界の諸問題について、かなり多くのページを割いて、特集記事にしていたものだが。
ゲーム雑誌の記事は、どうしても新作紹介と攻略が多数を占める。それはまあ当然としても、この2つ以外に記事がなく、ライターが自分の意見を表明できない雑誌がけっこう存在する。これは問題といえよう。
ゲーム業界ではこれまで、本当にゲームのことを考えられるジャーナリストが育ってこなかった、あるいは育った人材が、業界の第一線から退けられてきたのではないだろうか?
私ごときが乗り出さざるを得なかったこと自体、人材が枯渇した状況を露呈している。
(そもそも新作紹介と攻略だけで、ライバル誌とどうやって差をつけようと考えているのか、不思議である。事実、この2つしか内容のない雑誌は、ある時期にやたらと創刊され、やたらと休刊した)
『ゲーム批評』での新清士氏の記事や、今回の私の記事などが、ゲーム業界全体の「無視する」という態度ゆえに、業界内で正当な評価を得られないようであれば、次にもし、別のゲームバッシングが起こったときに、誰がゲーム業界を守るというのだろうか?
中国の戦国時代、墨子という人は、楚の国が宋の国を攻撃しようとしていたところを、命懸けの説得で思いとどまらせた。しかし宋の人々はそのことをまったく知らず、墨子が宋国内の門で雨宿りしていたら、門番に追い出されてしまったという。
誰しもこうはなりたくないだろう。
冒頭に、孫子の兵法の、「正々の旗をむかうることなく、堂々の陣を撃つことなし」という言葉を引いたが、その少し前に、こういう文章がある。
「善く兵を用うる者は、その鋭気を避けてその惰帰を撃つ」
孫子は決して、戦うなと言っているわけではない。相手の勢いを見て戦えと言っているのである。
増して、この戦いは戦争ではないのだから、人の命が奪われるわけではない。
「戦わずして敵の兵を屈するは善の善なる者なり」という言葉のとおり、武力ではない戦いをもって、敵を制するべきであろう。
今のゲーム界の状態はまるで、『三国志』で董卓が都に居座っていた頃の諸侯のようだ。
反董卓連合軍を組みながらも、みんな自分が矢面に立つのが嫌で動こうとせず、都で略奪を重ねる董卓に対し、何ら有効な対策を打てないでいた。
そのうち連合軍は内部分裂してしまう。
そんな諸侯を見かねて、単独で董卓軍に立ち向かう、曹操孟徳のような人物は現れないのだろうか?
追記
ゲームファンは、メディアリテラシー能力が、ほかの人より格段に優れているのではないかと思う。
何しろ、ゲーム雑誌の紹介記事を見て、そのゲームが良作かクソゲーかを、読み取らなくてはならないのだから。
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