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前回の埼玉県初進出(航空公園)に続いて、
今回は群馬県初進出とまいりましょう。
浅草駅から、特急りょうもう号でジャスト1時間。
館林駅に到着しました。
2階のアーチ型の飾りが特徴的。
この写真ではわかりにくいかもしれませんが、
時計の下の窓には、ひし形の格子が
つけられています。
駅開業は1907(明治40)年で、
現在の駅舎は1937(昭和12)年に造られたもの。
ホームの柱も一部は当時のもののようで、
懐かしい感じがします。
伊勢崎線、佐野線、小泉線が通る、東武のターミナル駅です。
改札前に、おなじみの百選プレート。
館林駅は1998年の第2回選定で、
関東の駅百選に選ばれました。
選定理由は「しゃれた模様の窓がある洋館風の駅舎で
小規模ながら歴史を感じさせる駅」。
駅前には、つつじが見事に咲き誇っていました。
古くから館林は、つつじの町として知られているそうで、
4月15日から5月15日まで、つつじまつりが行われています。
その隣には、タヌキの置物が異彩を放っています。
ゲーム業界で館林といえばコアラですが
(『ときめきメモリアル』の館林美晴ですね)、
こちらの館林は、市内の茂林寺が『分福茶釜』の舞台ということで、
タヌキの町なのです。
マンホールにもタヌキとつつじ。
また館林は、宇宙飛行士・向井千秋さんの地元でもあります。
駅前のマップの裏に、こんなイラストが。
駅から東に向かって歩いてみましょう。
市街地を抜けると、館林城跡に着きました。
三の丸土橋門が復元されています。
市役所と、向井千秋記念子ども科学館の前を通って、
田山花袋記念文学館へ。
『蒲団』『田舎教師』で知られる小説家・田山花袋も館林出身。
父親を西南戦争で亡くしたため、若い頃は苦労したそうです。
花袋幼少時の旧居が、
道路の向かい側に移築されていました。
その隣には、旧上毛モスリン事務所があり、
機業に関する資料が展示されていました。
ここが実質的な発祥地である、日清製粉に関する展示も。
ちなみに今でも駅の裏には、日清製粉の工場があります。
尾曳橋から城沼越しに、
つつじが岡公園のほうを望みます。
県立つつじが岡公園へ。
ここにはもともと野生のつつじが多く、
つつじが崎と呼ばれていたそうですが、
新田義貞や徳川綱吉など、歴代の館林城主が
さらにつつじを植えていったことで数を増やし、
現在では1万株ものつつじが育つ、観光名所になりました。
写真は入園券(\500)売り場の外から撮ったものですが、
このとおり既に満開に近く、人出がすごいです。
園内はさらに数多くのつつじが咲き乱れています。
城沼に沿って、広い芝生があり、
人々の憩いの場になっています。
せっかく館林に来たんですから、
『分福茶釜』の茂林寺にも行ってみることにしました。
いったん館林駅に戻り、隣の茂林寺前駅に移動。
こちらの駅前でも、タヌキの置物がお出迎え。
5分ほど歩いて、茂林寺に到着です。
曹洞宗のお寺で、開基は1468年。
参道の両側には、タヌキの像がずらり。
茶釜の姿をしたタヌキも。
参拝は無料ですが、
\300払うと、寺宝を見ることができます。
何とその中には、分福茶釜の実物が!
童話ではタヌキが茶釜に化けたわけですが、
このお寺に伝わる話はちょっと違っていて、
茶釜を持ってきた守鶴和尚という和尚さんが、
160年間もこのお寺にいて、その後、姿を消したので、
タヌキの化身だったのではないか、
といわれていたそうです。
名物のうどんを食べて、腹ごしらえした後、
館林駅に戻って、ポスターの申し込みをしました。
駅の中に広告料金が貼り出されていました。
ゴールデンウィークにかかるよう、23日からの掲出ということに。
帰りは佐野に行きたかったので、
佐野線の1800系電車に乗りました。
クロスシートだったので、もと急行車かなと思いましたが、
後で調べてみたら、やっぱり急行時代のりょうもう号車両でした。
後日、貼り出されたポスターの写真を撮りに再び館林へ。
改札を入って右側、
下りホームへ向かう地下道の入口の前に出ています。
(参考資料『駅の旅物語』
「鉄道の日」関東実行委員会監修・人文社)
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